日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

『被差別の食卓』

2005 上原善弘 amazon:被差別の食卓

同和地区出身の上原さんが、ニューヨークの黒人街のレストランで「ふるさとの味」に再会する。出身地区のことを「むら」と呼んでいた。母親のつくる「むら」の菜っ葉煮と黒人奴隷の「ソウルフード」のひとつ「カラードグリーン」の味も見た目もそっくりだった。

幼いころ、こうした料理(菜っ葉煮)が苦手でどうしても食べられなかったが、黒人の子供たちも同じような思いをして食べているのだろうか。

ソウルフードと「むら」の料理には共通点があるようだ。食用に適した部分を取り去ったあとのゴミとされるものを使う。また、油で長時間あげるのは、硬くてクセのある食材を少しでも食べやすく無駄なく使うためであり、少ない量で腹持ちがいいからだ。貧しく、労働が体を使った過酷なものだということも共通している。

上原さんが小さいころ食べていた「あぶらかす」は腸を油で揚げたもの。アメリカ南部の黒人奴隷はニワトリの解体カスをフライにして骨ごと食べた。メガネでデブな白人の象徴といえるケンタさんのフライドチキンは、これが元祖なのだ。

ブラジルにも黒人奴隷の悲しい歴史があり、そこでの余り物は豚の耳、鼻、足、しっぽ等々。それらを煮込んだ「フェジョアーダ」は、おいしいので人気が出て、いまや国民的料理となった。かつてのゴミは食材として売られるようになった。ブラジル人向けスーパーで大袋にぎっしり詰まった「豚の鼻」をみたことがある。

フライドチキンは単なる国民的料理を超えてアメリカ(おもに白人)の象徴として世界中に知られるようになってる。何か、正しい方向に変化を起こしたいのなら、持ち帰ってオークションに出したり道頓堀に放り投げるんでなく、サンダース人形を黒くマジックで塗ればいい。

一ヶ月間、20以上の店で毎日ソウルフードばかり食べていたので、味についてはかなりわかるようになっていた。この後、日本に戻ってからFF店のフライドチキンを食べてみたが、あまりにまずいので驚いたほどである。

「食べたくなるなる!ケンタッキー」というCMがよくかかっている。フライドチキンについての記述が素晴らしいので、食べたくなった。骨まで。隣町まで行きキャンペーンのBOXセット(5本入り1000円)を買って一人でぜんぶ食べた。やっぱり不味かった、というより吐きそうになった。かわりにコーラのうまさに感激する。あらためてジャンクフードとコーラは黄金のコンビネーションだ。