日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

(61) あらばしり8 読書『魂の殺人親は子どもに何をしたか』

まず、人の脳で起きてることを素人が扱う危うさ。より良い「仮説」があるだけで、心はブラックボックスのままだ。

昔、ユングの本を友達に借りた。面白かった。きっと治療の効果は出たと思う。治療目的ならいいが「心を理解する」目的には使えない。何とでも言えてしまう。

誰もが関心を持ち、そして一番難しい。最近なら「なんでも性的マイノリティー」、その前は「なんでも発達障害」、そして「なんでもアダルトチルドレン」。自分が何者なのかという普遍的な不安から、どんどん膨張して最期にバブルが弾ける。

今日『シン・エヴァンゲリオン』を観た。開始20分でトイレに行きたくなったけど、目が離せなくて終わるまで2時間我慢するくらい面白かった(漏れてはない)。読書の影響で、これは「虐待の連鎖」なのか、これが逆転移というやつか、と恥ずかしくなるような考察が浮かんでくる。でも楽しいんだよね。

根拠は乏しくても分かったような気になる。ゲンドウ氏のCTを撮って脳の部位が萎縮してたら、まだ説得力がある。・・でも脳みそ飛び出てたから無理か(ネタバレすみません)

1980年の本で、世代を超えた「虐待の連鎖」と「反教育」がテーマだ。当時、まだ残っていた「体罰」が今では一掃されたのも、この本の影響が大きいという。「毒親」「アダルトチルドレン」などの「元祖」になる。ただ「現在から見ると極端な主張」という評価もあった。

全体として「戦争の原因は親の教育」と要約できそうな「激しさ」がある。

  • 全体主義が指導層だけでなく市民も巻き込んで成立したのは当時の教育による。
  • ヒトラーは幼児期に父に虐待されていた。「理不尽だが強い父親像」を誇張して演じ、多くが同様の「傷」を負っていた市民が盲目的にそれに従った。
  • 幼児期に「感情を出すことを禁じられた」人たちの憎しみの行き先が「歴史的に認められた悪」であったユダヤ人に向かった(筆者はユダヤ系)
  • 「反教育」も徹底していて、子どもの自由を尊重する「反権威主義教育」も、自由を道具に「子どもを支配したい」という歪んだ「復讐心」の現れだ。

「じゃあ、どうすりゃいいの?」となるが「放任ではなく、子どもの表現するものにていねいに寄り添う」というフォローはある。(p.117「光の教育はあるか?」以降)

「極端」に思える主張も、本の前半1/3を占める「いわゆる闇教育」の闇が深すぎて、まっとうな主張に見える。18世紀、200年以上前に書かれた「教育論」が大量に引用されている。今の感覚で読むと「奇書」というかカルト宗教の教典なのかと思う。

「子どもから意志を奪ってしまえば、その後自分に意志があったことなど思い出さない」p.16

「不服従はあなたの人格に対する宣戦布告(略)あなたから支配権を奪おうとしている」p.18

「犯した罪を完璧な服従によって償い、忠実な臣下である決意を実証するまで手を緩めるな」p.19

「国家を統治する地位に就くべき高貴の方々が(略)自ら服従を学ばれることは広く知られる。従うことを知らぬ者は治めることも知らぬ」p.15

 当時、このような教育論を読めたのは地位の高い支配層だったろうから、教育は歴史に影響を与えられたのではないか。歴史は、資源・人口などの経済や思想・宗教などで説明されるが、そこに「教育」も加えていいかもしれない。