日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

(60) あらばしり7 事務所を誰が掃除するのか

河原さんの記事が面白かった。結論から書かせていただく。先輩Yさんが事務所の衛生と秩序を保つために立ち上がり腰の重い代表を追い込むのがいい。

多摩の丘の下った川べりに棲まう業界の「仙人」であっても、掃除の分野では勝ち目がない。その過程でYさんは発言力を増し組織として強くなる。そして、たこの木40年と世代交代を見すえた盤石の体制となる。われわれ外野は、Yさんにありったけの援護射撃をしなくてはいけない。

作業に入る前に確認すべきなのは、あそこが「倉庫」だということ。40年分の記録と、雑多に見えるものにも歴史がある。大きな組織なら書庫やプレハブの倉庫にしまわれたり、または年次報告でも作って書類は捨ててしまう。人の入れ替わりがあれば捨てやすい。たこの木はどれも無いにも関わらず狭い。

家庭や一般の事務所のつもりでかかると、Aを置くためにBをどかして、、行き場のなくなったXを「元A」に置く、という「山に岩を持ち上げては転げ落ちる」という寓話になる。それでは全員が仙人になってしまう。

物量作戦が必要だ。イケアで天井まである棚を2基くらい買う。ベランダに防水のストックボックスを積む。自分は、掃除は苦手だけどイケアの組み立てはできる。イケアの組み立ては、説明書を1つ見落とすと100倍返しされるので、何度か痛い目にあって身に付く特殊技能だと思う。ホムセンの「収穫コンテナ」を20個積み上げるのも、費用対効果がいい。

自分も「片付けられない」人なので分かる。部屋が汚いと頭の中も散らかっているとか、「ゴミ屋敷」のイメージで精神疾患の患者扱いもされる。それで「治った」り救われる人もいるかもしれないが、そもそも、われわれは根拠の少ない「衛生と秩序」を強要されて苦しむマイノリティなのだ。

消臭剤のCMちょっと怖いですよね。疲れて帰った家族を病原体か汚物のように扱って、無表情で薬剤を振りかけ、やられた方も何か嬉しそうで。ポリコレ的に修正すれば「物の位置に病的に執着する人」や「科学的でない、過剰な衛生観念の人」から、日々「劣っている」とレッテルを貼られ、頂上に岩を持ち上げ続けたり、シベリアの凍土を掘って埋めたり、河原で積んだ石を鬼に(以下略)、という無意味な労働を強いられている。

昭和まではいい。病気を起こす原因の知識も少なく、防ぐ方法も限られていた。いまはラップも冷蔵庫も性能がいい。家事も含めたほとんどの仕事は、身体を移動させ物を動かすしかなかった。整頓されてないとケガをする。できるだけ清潔に、そして整える必要があった。

スマホで仕事ができる令和の時代の「秩序と衛生」は変わってほしい。コロナ先生は「科学的に最も効果的なことに集中すること」を教えてくれた。「安心」を求めて加湿器に消毒液を入れたり、首から「お守り」をぶら下げるのは業者を儲けさせ、本人も疲れてしまう。

病原菌に日々苦しめられた過去の切なる「保健安全」の願いを、根拠の少ない「マナー・教義」にしてはいけない。スマホでやりたいことがすぐできて、必要なものがすぐ検索できるのが、現代の「整理整頓」だ。自分の部屋は汚いけど、スマホの通知とかアイコンが整理されてないと気になる。みなこうなればいいのに(ウソです。強要はしません)

気持ちは分かるけど、たこの木のジェンダーの問題になりかけている時点で2人は諦めたほうがいい(問題の本質は「Yさんに言いづらい」「代表の言うことは聞きたくない」、ですよね笑)。

そんなことを思いながら久しぶりの「すいいち」に来てみたら・・すみません撤回します。このプチ問題提起の最中にカオス度が倍増していた。ここまで来ると、もう業者案件かもしれません。。