日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

あのころは(直島1)

家族旅行で瀬戸内の直島へ出かけた。これが予想以上にすばらしかった。

荒木家の2010年7月は、ひと通り波が去り、平穏無事で皆健康です。問題は「子ふたりは結婚できるのか」ということだけ。一家の最良の日々。

1日目は雨の予報が、島に渡るころには晴れてきた。2日目はいい具合に曇り、雨も降った。しまなみ海道と、お隣りの「犬島」しか知らない。その2つで「瀬戸内」は、諸々を抜き去って、思い出の「阿蘇」と並ぶ場所になった。そこに行けば、いつでも、良いに決まっている。

もちろんベネッセの企みはうまくいっていて、普段使わない大金が、目の前の料理やフロントの愛想笑いにだけ使われていない。こんな贅沢な時間と空間には、払ってもいいと思った。お金が無ければ、しまなみ海道を歩けばいい。楽したいなら金を払う。

海の見えるベランダ付きの部屋をいたく気に入った母親は、日暮れの海に感動し、夜明けへの期待を胸に寝た。息子は、ワイン飲み過ぎて眠りが浅く、早く目が覚めた。自分の前のベッドの母が起き上がる。目も開けきらず半分寝た状態で、ベッドや机にぶつかりながらベランダのドアに向かう。

「トイレと間違えてる」息子なりにショックを受けた。ドアを開けたところで追いかける。変になってて落っこちるんじゃないか。グラグラのまま3Fのベランダの手すりにもたれこんで止まった。いわく「起きたらぜったい海を見ようと思った」動きがオーバーすぎる。

たぶんここが荒木家のピークなんだと思った。両親はまあまあ高齢で、その他の現状はいたって平穏。これからいろいろある。

「あの旅行のころは良かったね」誰かがぜったい言いだしそうで、そうはさせない。将来読み返される前に書いておく。この先いっぱい不幸が訪れるとしたら、今はその不幸の種をいっぱい抱えていて気づかない。無知がなせる「良かった」なら、その先時間をかけて学んだ不幸の方が進歩かもしれない。比べることはできない。