日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

犬島

日本の西の端の「与那国島」は、観光の島として2千人に満たない人々が穏やかに暮らしている。かつては密貿易の拠点として数万人が住みつき、大きな歓楽街もあった。

ナツコ 沖縄密貿易の女王 (文春文庫)

ナツコ 沖縄密貿易の女王 (文春文庫)

ある駅前が寂れても電車は走り続ける。海で閉ざされているように見えて、港さえあれば、何万トンでも浮かべて運んでしまう。現代でも最強の輸送手段は海だろう。押し寄せた人は、引き付けるものが無くなると一気に去り、通過点にすらならない。海に「浮かぶ」島といっても本当に浮かんでる訳じゃないけど、時代への感受性が強く、消えてしまったり再び現れたりする。

九州に向かう途中、岡山で時間が空くので観光することにした。SAで情報誌を読むと犬島の特集があった。岡山の、あまり人が住まない海岸から船が出ている。何か無ければ一生来ることのない、本当に小さな島。暗くなって港を探すが、どの道もいつか砂利道になって民家に突入しそうになるので、引き返して山で車中泊する。夜の田舎道は怖い。

有名な石の産地で、質の良い巨大な花崗岩が採れる。大阪城の「たこ石」もここから切り出した。「大阪築港」の建設時には、石を切り出すために6,000人が住んだ。今は60人になった。学校も無くなった。
朝から食べてなくて商店に入る。優しそうなおばあさんに「食べるものはありませんか」と聞いたら「なら(家の)パンでも焼きましょうか?」という答えで、感動して返事できなかった。悪いので、お菓子コーナーのカリントウを買う。結局食べずに、後で合流した姉にあげた。

商店を出ると、同じ船にいた大勢の観光客はいなくなっていた。海岸ぞいに歩いて流木を2本拾った。お土産は、その流木とカリントウと、美術館のショップで買った、島についての本だった。

犬島ものがたり (福武教育文化叢書)

犬島ものがたり (福武教育文化叢書)

坂を登って石段を登ると集落が見渡せた。小さいけど手入れされたお宮の奥にも社があって、狛犬がいた。あちこち欠けているので、島にも今どきのヒマな若者がいて、酒飲んでひっくり返したのかと思った。著者の在本さんは島で生まれ、民宿を営みながら島の歴史を伝えている。

狛犬は陶製なので、私が子どもの頃から口の周りが欠けていました。子どもの時口の中に手を入れて遊んでいました。今も同じ姿です。

社は「祇園さま」のもので祇園山にあったものが採掘が始まり移したそうだ。祇園山は高い山だったが、ここは巨石の産地であり山は地下まで削られ「池」になってしまった。島の由来でもある犬ノ島の「犬石」は工場の敷地にあり、年に一度の祭りにしか立ち入れない。島の浮き沈みは「歴史や産業に翻弄された」とネガティブに捉えられるけど、在本さんは優しく見守っている。

知る人ぞ知る犬島の石は、大阪城江戸城で使われ、北海道のモエレ沼公園の作品にも使われた。島の人はそれを誇りに思う。数奇な歴史と独特な風景が新しい人々を引き付けている。芸大生が犬島の石を使って作品を作った。たくさんの大学がチームを送り島に住み込んで巨大な作品を作った。持ち去られるばかりの石が作品として残ることはこれまで無かった。在本さんはそれがうれしいそうだ。これは名古屋芸大の作品。隣のネコ車は、キャンプに来た親子のもの。学校の跡地に県の「自然の家」が建ち、夏休みは子どもがたくさんやってくる。

ささやかな峠道に石碑があり「オリーブの丘」がなんとかという句を彫ってある。どこにもオリーブの丘は無い。忘れかけていたら本に出てきた。在本さんによると、かつて小豆島から持ってきたオリーブが島中で実をつけていた。手入れする人が減り木は島外へ移された。再び育てようという試みは台風などがありうまくいってない。今はない犬島学園の校長先生の短歌が「宮中歌会始め」で選ばれた記念だそうです。

「 オリーブの丘を下り来て渡船待つ島の教師のひと日おわりて 」

熊本まで渋滞の高速を1,000キロ走った。この本のおかげで、無味乾燥な移動が良い旅になった。

情報誌に犬島が紹介されたのは、犬島アートプロジェクト『精錬所』が公開されているから。いつか行きたい、となりの直島でのベネッセのアート事業の一環でやっている。

島をひとめぐりするとアートサイトの開場時間になっていた。女性が多かった。岡山県にもたくさんいないと思う、アート系な女性たちが一回のツアーに50人来る。全国から来るんだろう。大きな企業のやることはすごいと思った。

諸事情が重なって結局中には入れなかった。文句を言いたくなることもあるけど、全体としては面白いことをしているので良しとする。島を歩いた後では、感じる物は少ないと思った。島に着いたばかりのアートな人たちの中では寂しいばかりだ。

最後の分かりにくい写真は、岩山の頂上にある社です。下からはどうなっているか分からない。引き寄せられるように急な階段を上って立ち止まる。見てはいけないものを見た気がする。見上げると、植物がからんで生き物のような岩に、小さな社がしがみつくようにしていて、その炭化した黒を見ていると空の青が濃くなる。アートの人たちは、こういうものを作りたかったんじゃないのかな。港から1分で、入場料千円払わずに、もう見てしまった。