日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

風の盆

知り合いの留学生に久しぶりに会って「休みは何してるの?」と聞いたら、同じことを聞き返された。そういえば、自分が一番聞かれたくない質問だった。「パソコンやったり・・」すぐ詰まる。印象が暗いので「ブログ書いてるよ」と付け足した。見たけど、文字ばかりで分からない、と言うので、今回は写真多めに。


諏訪町は、踊り手も客も緊張感がある。あんがい、先回りして客の整理をする役のおじさんの力量かも知れないな。今年は怒鳴られる客は少なかった。平日で人が減っていたかも

3年続けて「風の盆」に行っている。9月の1〜3日と決まっている。昼は、共生デイの草分け「このゆびとーまれ」でボランティアする。1年おきに、同じ場所で同じ人に会うと、自分の変化が分かる。今回は、変化なかった。悪いほうかも知れない。

昨夜の当直業務は雑で、反省が多い。入所施設の仕事で給料をもらってる。施設に足場があって、出かけると自分の「仕事」がよく見える気がする。

初めて富山に来たのは、就職した年で、その時は現実逃避だった。少し規模の大きな施設は、ジャングルに点々とする村みたい(県コロニーは見たまんま・・怒られる・・)。ジャングルというのは、自給自足なのでしっかり孤立してるということ。さらに、利用者と個人的な関係が作りづらい、知的の施設は「就職でもしないと」中に入れない。
超、うしろ向きな理由で就職して、ほとんど何もしてこなかった。利用者は、大工か、鯛焼き屋だと思っていそうだ。2回目は、やっと自分の「足場」になった。大勢いる同期のなかで上司の気を引こうと、飲み会で横になったら「入所に就職して良かった(自分の弱さが分かるから)」と説明した。逆説的に結論を引き立てるつもりが、貧しい日本語力では、美しいカッコ内の結論にたどり着かない。「こいつはもうダメだ」と、遠い目で見つめられた。入所の中の人はダメになりやすい。


みな野宿の覚悟で見に来ている。エマージェンシーシートが無駄に目立っていた

「このゆび」で話をしながら昼すぎまでダラダラと過ごす。学校が終わった、障がいのある子供たちが来ると騒然となった。走り回ると周りに影響が出るので、うまく入らないといけないが、役に立たない。当直あけで2+2時間しか寝てなくて動けない。後半、本が好きな子を椅子に座らせて、ひたすら読み聞かせ続けた。立ち上がれない。


保温という面からすると、裏表逆なんでは

「毎日のことですよ」とスタッフは話す。今日は数時間だけ8人。夏休みは1日20人来る。「断らない」から。必要とされれば断らないし、必要なら何を使っても作る。それは強い信念だ。こうして新しいものを立ち上げる力がまだないなら、足場でしっかり仕事しろよ、と言われている気がした。

今回の風の盆は町の人の声が聞こえてよかった。酔っぱらった地方のおじさんが、観客を「輪踊り」に誘ってくれた。

「月が出て、蝉の声が聞こえて。みんな酔っぱらってて。良いもんでしょう。昔のおわらはこんな風だったよ」

空いている舞台を使って、その場にいた即席のチームで踊りが回り始める。熱心なおばさま方は踊りを知っていてうまく輪に入っている。ぼくも含めた男たちは、なかなか入れない。手の動きが難しい。

上手な女性の手に注目するとくらくらした。気合いの入っていない男踊りはすぐ分かる。上手い人のは、雲泥の差で、男が見ても惚れ惚れする。「誰と行ったの?一人か」と聞かれるお約束。男女で行ったら、相手のことは見なくなると思うけどな。

今朝戻ったけど疲れた。出かけたくなかったが、残暑厳しすぎて、昼過ぎに注文していたメガネを取りに行く。足場をしっかりと。メガネは銀ブチだ。メガネ君のベーシックへ帰ろう。