日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

養老散歩

休みに大垣の車屋に行く。ヤフオク最低落札価格と、自サイトの店頭販売価格が同じという正直な会社。高速使って1時間かけて出かけたら、定休日だったので、文句も言いたくなる。

天命反転地

やっさんと高知から岡崎までの珍道中に寄って以来、2回目。まだあるのかな。年くって見ると、どうなんだろう。

高いところに登って携帯で写真を撮った。影ばっかりでだめな写真だけど、それ以上に何かちがう。下を歩いていたカップルも久しぶりに来たらしい。「こんなに草ぼうぼうだったっけ?」わりと楽しんでいるようで、男は「トイレ行ってくる」と言って、斜面を滑り台のようにして降りていった。いろいろうるさい今の時代では、作りにくい物かもしれない。ぼくの、底が平らなスニーカーではまともに歩けない。

「お椀」の中に降りて、高い方へ登っていく。前回も壊れたところが目立っていた。野ざらしの割にもろい素材(人工芝や家具なんか)を使ってるから。寂れたテーマパークという印象は、より強い。
木が生い茂っている一角があった。何か隠れていると思って入ると、何もなく、コンクリートの「土手」が通っていた。園内一面に引かれた線の一部。もともと無茶な作品だけど、それが出来るのもコンクリートのおかげだと思う。地面のコンクリートと植物のバランスの悪さを見ていると、寂れた感じや古さが無くなってくる。

気になって木々の裏に回ると、入り口が隠れていた。狭い入り口から、奥へ道が通じていて、完全に暗闇になったと感じる時に天井から外の光が漏れてくる。入り口に気づかなかったぶん、前回より新鮮だった。

隠すつもりじゃなかった。「心のテーマパーク」がノスタルジックな、開園当時の看板では、もっとよく見えている。僕らが行った6,7年前から、何が変わったって、植物が生長しすぎだ。

閉園前に管理人がすり鉢の様子を見に来る。前回話したおじさんかも知れないと寄っていったら違う人だった。「だいぶ木が大きくなりましたね」と話しかけると、ちょっと嫌な顔をした。「なんとかしたいのだけどね・・これじゃ何も見えない」

『木も作品の一部だからそのままでいい』との作者の方針で何も手を入れないことになっている。芝を刈るくらいで、木々は伸ばし放題だ。閉園間近に来てよかった。ここがアートとしての力を無くしてないのは、木が生長して外観が変化するからだけじゃない。捨てられた廃墟ではどこでもあること。たぶん荒川さんたちの「死なないための」なんとかというコンセプトがぶっ飛びすぎて、15年たった今でも誰も腑に落ちてないから、古くならない。

でもよく分からない。少なくとも、閉園前の16時半から30分間、人の感覚を揺さぶるアートと、憂鬱そうな視線を向ける管理人の対決を見ることができる。これはいつでも刺激的だ。よく見たら、管理人さん腕組んでるよ。

養老の滝

養老公園の芝生に寝てみると、日が当たってるのに涼しい風が吹いて快適だ。山から吹く風。そっちに養老の滝がある。孝行息子が、酒が湧く泉を見つけ父親を喜ばす伝説がある。古くて寂れた観光地だけど良い雰囲気だった。歴史ある観光地は、由緒書きも奥ゆかしくて気に入った。

・・この不思議な水の出来事が、やがて都に伝えられ奈良の都の元正天皇は「これは親孝行の心が天地の神々に通じてお誉めになったものでありましょう」とおゝせになり、さっそく此の地に行幸になり、ご自身飲浴せられて「私の膚は滑らかになり、痛む所を洗ったらすっかり治りました。めでたい出来事です。老を養う若変りの水です」と年号を養老と改められ、八十才以上の老人に位一階を、孝子、順孫、義夫、節婦には各々ごほうびを授けられ、此の地方の人々の税金を免除なされました。


古今著聞集より訳文(抜粋)

天皇さん、太っ腹すぎじゃないか。家来は慌てただろう。「そんなんで年号変えちゃうの?いいの?」これにはもう一段オチがついていて泣ける。

水がお酒になった孝子話は教訓としての説話でありまして、水がお酒になるためしはありません。水はやはり水、良く尽くしてくれる吾が子を慈しみ、ねぎらって思慮深く、たゞの水を美酒として飲み、償めたゝえる親心というものを私共は昔話の中から読みとることが出来るのです。
名水が名水であるゆえんであります。


養老の滝・菊水泉「日本百名水」選定記念(抜粋)

うまいこと言うもんだ。美酒と書いて「うまざけ」と読ませる。でも、ふと、この節を名水の解説に書き加えたのは人の親(父親)に違いないと思ってしまうと、すごくやらしい感じにしか読めない。「水はやはり水」この強調で、子供への賞賛の流れをひっくり返そうとしている。