日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

稲沢の夜

午前2時に出かけて朝7時に帰宅する人は魚市場くらいかな。もしかして睡眠不足の日の朝は、無意識にどこかに出かけているのかも知れない。

「懐かしい友人に会う夢を見た」本当に会っていたり。「マニアだけに機械に埋もれて生活していた。夢だけにありえないけど」脱メガネで脱マニア宣言をしたはずの友人の「ふつうの暮らし」は、ベッドの上だけだった。それも2段ベッドの1階部分のみで、2階はジャンクパーツの山。ベッドを出るとわずかな足場をのぞき、パーツとパソコンとパソコン雑誌の森。かつて僕らを見下ろしがちな目線を覚えている。明らかに無理した結果リバウンドか。

国府宮はだか祭り(儺追神事)

名古屋市の西、稲沢市国府宮神社の「はだか祭り」で有名です。素敵な写真がならんでいるけど、真剣なのに笑えてしまう。そこへ「ぶりの奉納」が来て、ぶりの姿勢がいいんで、また笑ってしまう。やっぱり「前と腹まわりをそれだけ隠すんなら、尻も隠せ」という所か。なんで尻は面白いんだろう。
トップページへ行くと、全国のはだか祭りの写真集がある。75もある!笑い飛ばそうと思ったけど、すごい。本当にすごい。(すばらしい写真をありがとうございます!)ふんどしのバリエーションもたくさんある。外国人にこのサイトを見せて、ふんどしは日本の正装です、と説明しても十分説得力がある。

「はかまが正装」というのは、列強帝国主義による古来の文化の破壊が戦後教育によって定着させられたものです。とか。たしかに、女性の着物は、今でも若い人が憧れるし実際に着るから、正装としての格がある。どんなに今どきの子が着ても様になる。対抗できるのはふんどししかない。恥ずかしいし格好悪いと口では言いながら憧れるものなんか、そう無いぞ。僕もいつかは。

鳥刺し(拡大写真集1)

戦後に伊豆諸島とハワイの間で発見された部族ではなく、カラー写真でその辺に住んでる普通の日本人です。べつに日本人が面白いということではなくて、よく見れば何でも面白い。稲沢の人もふだんは普通の人たちのはず。正しくは「儺追神事(なおいしんじ)」といいます。今回は、その夜、深夜3時から行われる「夜儺追神事」が目的だ。

19時まで仕事で、翌朝9時から仕事というスケジュールが難しい。ここを見られて怒られないように少し説明がいる。21時までには寝て1時に出発し、早朝数時間寝れば6時間弱睡眠がとれる。前日、上司と同僚8人を小野田寮に招くという極度の緊張と解放から寝られず、遅くまでアマゾンでDVDを注文したりしていた。睡眠不足のおかげで、帰宅して風呂に入ったらすぐ寝れた。

寝坊して2時半に起こしてくれたのは稲沢在住のCEさん。パソコン通でゼミ室のパソコンをいろいろ設定してくれた。ゼミ教官が「君は詳しいね。今日から君をゼミのSE(システム・エンジニア)と呼ぼう。いや、それは言い過ぎか、CEだな。カスタマーエンジニアだ」ひどい。カスタマーエンジニアとはプリンターの修理に来てくれる技術営業の人。先生は、それきり本名を忘れ、ゼミのたびに、CEさん、おいCE、と呼び続け定着してしまった。

夕方、数年ぶりに連絡をとったら「行きましょう。3時なら余裕で起きてます」さすが元マニア。2時半「着きましたか?いまどこですか?」豊田です。深夜の小さな儀式はすぐ終わるだろう。CEさんに会いに行く目的ということにして出発する。車をとばし3時半前に会場に着いた。

国府宮神社の大きな敷地に普段は閉められている社がある。楽器の音とたき火の弾ける音、そして大勢の気配をたよりに目指す。この時間に何百という人が集まっていた。不思議とCEさんとはすぐ落ち合えた。「近所なのに初めて来た。昔は誰もおらずひっそりと行われていた」僕はネットで知ったからそういう人も多いだろう。近所の祭りは廃れるかわりに有名な祭りに押しかける。去年行った富山のおわらもそんなだった。

前で見ていてCEさんは「神男が立つときヨロヨロしていた」と言う。3日まえの選定式から白米と白湯とたくわんのみ食べ、昼の「はだか祭り」に体毛を剃って(むしられないため)のぞみ、1万人というはだか男の厄をもらってくる。夜の部は、全ての災厄を背負わせた神男を町から追放する。

名作ムービー。最初の音楽がいい

はるばる出かけたのに群衆で何も見えなかった。神男が退場する前に、道を開けるように係が怒鳴る。「3人並んで通るから3メートル開けて」そのあと「紙持ってる?」と観客に聞く声。「えいさー!おいさー!」一瞬だけ両脇をかかえられて連れ出される神男が見えた。誰かが言った。「はい、終わりー」。紙とは哀れな儺負人に投げる「つぶて」で、土まんじゅうやら人形やら忌まわしいものを背負わされて、神官に追い出される。

いじめの世界大会があったら世界で戦える。怖い儀式は数有れど、1対1万人だもんな。日本人も稲沢もCEさんもセットで怖くなった。昔は生贄の儀式に近くてもっと残酷だったらしい。


たき火の明かりが、神男を待ちかまえる群衆を照らす。たまたま女性ばかり見えて、なお怖い

CEさんの家に寄る。最近のオンラインゲームの動向と実習を1時間受けたあと、部屋を埋める機器について質疑応答となる。

軍艦を整備して戦うゲーム(http://gamespace24.net/navyfield-neo/)では1人で進路と大砲の角度と魚雷の発射と爆撃機の操縦をやる。キーボードショートカットをいっぱい覚えなくてはならない。大砲と爆撃機がいっしょなのは、CE愛用の船が「戦艦を建造途中に空母が足りないので甲板の半分だけ飛行機を乗せた」実在する船だから。ワープロを打つようになめらかに怪しいキーボードショートカットを操る。朝5時に参加者は少ない。コンピューター相手に実演してくれる。相手もじゃんじゃん撃ってくるが気にしない。「小さな榴弾は蚊が刺すようなもんです」経験値が上がると装甲を厚くできる。徹甲弾を使えばそれを破れるが重いと飛ばない。


2003年の8月6日。桜島のユースホステルへむかう船から。台風が来て1日島から出られなかった。船体の番号が大事らしいよ

鹿児島の学会を見にいったとき、台風を避けて錦江湾に停泊する海上自衛隊の船を熱心に撮っていた。そんな現代の軍艦ファンが憧れる、飛行機に主役を奪われるまでの栄光の時代がゲームの設定になっている。自慢の船にのって攻めに行き、勝てばいい装備、沈んでもすぐ復活する。「正直3,4時間やると飽きる」

画面にメモ帳が開いていて硬い感じの文章を書きかけていたので、仕事のメールかと思っていた。この世界での職業は外交官らしい。(Travian@wiki - トップページ)ヨーロッパから来た、自分の領地を運営するゲーム。第1条、第何項・・と細かく書いていた。やたら遅いパソコンは10年くらい前のもの。新しく組み立てる予定のパーツは5年前のもの。「パーツ代で良いノートが買えるのに」価値観の違い。学生時代を懐かしみ、その時代に流通していたパーツで動かすことで思い出もよみがえる。文系の福祉業界では僕ですらマニア類に入れられるけど、畏れ多いよ。

CEさんは怪しいけど、稲沢がそういう土地なのではなく平安時代にここが国府という行政の中心だったこと。天皇の命を受け、広い地域の災厄をはらう役目を負った誇りもそこにある。現在の神男は立候補制である。自由意志がどの程度あるのか分からないけど。神事に関わる人のブログを見つけた。

「祭」と言っても“Festival”でも“Carnival”でもなく、“Ceremony”であると言う認識を持って欲しいものです。
この祭事を守り続けることで、この地方の安泰が続いていると感じて欲しいものです。
私は、これからも神がかりの儀式を守り続けてゆきます。


公然わいせつ・・・か?|水道屋しんちゃん の ブログ

調べていくとだんだん最初の衝撃は薄まっていく。それでいいのか。「悪」な印象は薄まったけど、もっといい共同体の運営方法がありそうだけど。淘汰されて残った、ぼくらが今所属する社会が善だというのは一面的だけど。

「倫理観と脳科学」昨日先生に会ったとき聞いた話。脳科学は忘れた。「よい行い、わるい行い」の倫理は論理的でないことも多い。

「電車が線路上の5人に向かってくる。自分は進路の切り替えスイッチを持っている。切り替え先の線路上に1人いる」多くを救うか1人を殺すか。いっぱいの救命ボートから瀕死の1人を海に落とし助かりそうな1人を乗せられるか。戦時中の沖縄の洞窟で泣く子の口を押さえた親たち。スイッチが複数で同時に押したり当たりハズレがあれば、など間接的にすれば1人を犠牲にできる実験があるとか。犠牲者に「殺された」意識があると推定できるかどうか、もポイントだとか(微妙な話なのでもう一度聞いてみよう)。

自然の力に対し出来ることは少ない。日々の努力に加えて、何か大きな犠牲を払うことで効果を期待する。ただし誰かが手を下すのではなく、犠牲者も「理不尽に奪われる」意識のない形式で。身を捧げる、とか。何か話がズレてるかな。

イデア商品「ナイス蚊っち」について意見が合わず理屈で小馬鹿にされたので、リバウンダーめ、と昔のように舌打ちしたが、あいからわずCEさんはサービスがいい。3つある高速インターの中で(微妙に)一番近いインターまで案内を買って出て10キロ近く先導してくれた。昔のゼミ掲示板から↓

ジンギスカン準備」 d:id:Araki:20040415:1156148087

西清洲IC近くの小さな交差点で見かけた、カラオケ喫茶「レリヴィー」と、コーヒー&軽食「ケニア」が気になる。