日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

ご迷惑おかけしました2

橋自慢

香川県・豊浜SAで降りる。今度は初めてのリッチな車だ。クラウンかな。おっさんは一人で岡山の兄弟に年始のあいさつのため向かう途中だ。あまり気の進まない旅のようだった。でも、途中わたる瀬戸大橋は気に入っていて楽しみにしていた。

クラウンは振動もなく海の上を走り抜ける。とても快適。ただクラウンの助手席にいて初めて冷静になった。なんで知らない人の車でくつろいでるんだろう。
前にアパートの留学生が「18きっぷで日本を旅行するならどこが良いか」と聞いたことがある。迷わず『本州四国連絡橋3本立て』を薦めた。故郷四国の数少ない自慢であり、僕にとって自分の国の誇りでもある。単一の橋で強引に海を渡す明石大橋。いろんな種類の橋をつなげたスケールのでかい橋の見本市のような瀬戸大橋は遊び心あふれる。鉄道も走る。しまなみ街道はもっと自然と調和していて、たしか歩いて渡れる。

日が暮れる

瀬戸大橋を降りてすぐ、鴻ノ池SAで別れる。広い駐車場で出入りする車も多い。

いったい何十台見送っただろう。当時のいいかげんな計算では80台以上が止まってはくれなかった。1時間40分。蜜月は終わりヒッチハイカーの現実を知る。サッカーコートくらいの駐車場を行ったり来たりして待つ。出口付近は加速がつきすぎて止まってくれない。まず駐車場のどこからでも見える位置で存在をアピールしよう。ノートに低い西日が当たる立ち位置はどこか。その日も暮れかける。

そしてまたの幸運に巡りあう。でも運というものではないことは知っている。SAでヒッチハイクするということは捕まえないと脱出できないということ。下道ならあきらめることもできる。誰か拾ってくれる人がいる。信じれば案外応えてくれるものと思う。職場で人間不信がちょっとしたブームなので、これは今年のテーマなんである。

もうゴールかい

とても洗練されたカップルだった。夫婦に違いないのだけど、子供はいないし、家族よりは「パートナー」という距離感の男女がいた。つまり乗りづらい。つまり助手席で背を向ける女は、乗せたくないし、早く消えて欲しいんだろう。日も暮れた。自分だってこんな変態野郎みたいな立場は辛い。岡山まででいい。岡山まで30キロだけ乗せてください。

目的地は名古屋だと言うと「一緒ですね。じゃあ名古屋まででいいですか」と確かに言った。

西宮SAまで200キロ2時間お邪魔していた。じつは懐の広い奥さんだった。途中少し寝た。たくさん話もした。とても居心地のいい時間を過ごす。不思議な感覚だった。ふつうの旅行では、移動して目的地に着いて何か見て話をして別れて、再び次の目的地へ移動する。今回は目的地で話をしているうちに次の目的地に着いている。これじゃ伝わらないか。

20代最後なので

豊田に戻ってから友人に話したのは「旅してる気がしなかった。人と話してる間に名古屋に着いた」という謎の証言。ふつうは目的地までの距離や手段、費用を考えるし、それで頭がいっぱいになるもの。それはそれで楽しいけど。今回したことは、相手を信頼し、信頼してもらうよう努力する。相手を楽しませることは出来なくても、せめて暇つぶしになって邪魔にならないようにする。邪魔になって高速の路肩に捨てられても、それは仕方ない次を探す。いつもの旅が日常を離れた場所への移動なら、今回は心の持ちようを日常ないところへ切り変える、という旅だった。

謎の証言のココロは、分かるけど書きづらい。臭いので。でも、帰ったばかりの興奮状態だったので仕方ない。いつもこう臭いわけではない。当時言いたかったことを翻訳すると「通ってきた道は瀬戸大橋でも名神でもなくて、人と人をつなぐ道」ということ。これはひどい

はじめにすることは大事にしたい。今回は正月。去年は99歳のばあちゃんのもと何十年ぶりに一族が集まった。あれは年度初めだったけど。その一年のテーマになる。とりわけ自分は「節目の無い」人間なので意識して作らなければならない。今回のヒッチハイク旅はうまく行きすぎた。そう甘くはない、と誰かは言うだろうけど、もうやらないので現実は分からない。20代のうちにやっておこうと思った。1/6で30になったのでもうやらない。