日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

大家さんと

冬瓜

久しぶりに大家さんと話す。黒いシートを持ってやってきた大家さんと家の前で出会う。シートは、正月に食べる「もち菜」の苗にかぶせるそうだ。8月は雨が少なく、弱い苗は枯れてしまう。ある程度大きくなれば、外しても勝手に育つ。

7月で85歳になられたそうだ。ますますお元気で、と下手なお世辞を言っている所におばあさんが通りかかった。お孫さんらしい女の子が体の半分はある巨大な野菜をかかえている。冬瓜だ。分かっていたのに「あの大きい野菜は何ですか?」というバカな質問をしていた。
こないだスーパーで見た記憶があるけど、「冬」瓜は冬だろう、という信念は譲らず。「季語」ってのは単語ひとつで全体を制約する破壊力を持っている。「冬瓜」には季語の風格があり、ぼくはやはり日本人なのだと思う。夕暮れの畑で蚊の襲撃を受けながら「もうすっかり冬ですね」とは言えない。

冬にウリは生らない、という思いも強かった。が、それ以上にウリ族の懐は深く広い。メロンがキュウリと同じ仲間だと知ったときのショックは大きかった。子供にとって「並ぶ者なき」神のような食い物だったメロンが、よりによってキュウリとは。思えば、理不尽なことも多い社会の秩序を受け入れるきっかけだったのかもしれない。(大人になるほどメロンの神性が減るのも興味深い。後味悪いよメロン)NHKの番組で、中国内陸部の市場に遠くから商人がウリを買い付けにやってくる。味が良く最高級の果物として扱われるそのウリはヘチマを太らせたような見るからに不味そうな形をしていた。

こいつらは切るまで分からない。重さ5キロある珍種のメロンかもしれない。僕がボーッとしているときは、大半は文字通りボーッといて、たまに無駄な考えで頭がいっぱいなこともある。

名前の由来ははっきりしないようだ。スイカと比べて遅く収獲するのも理由のひとつか、と大家さんは言う。一株に「十」生るからトオガンだとも。調べたら「冬食べられるほど保存が利くウリ」という説に納得させられた。1メートルにもなるという「規格外」さを、「夏といえば」のウリと「冬」を隣り合わせにした、語感の落差にこめたのかもしれない。

山芋

「ソラマメ」はマメの鞘が上=空を向いているからだそうだ。「落花生」は花が枯れたあと地中まで降りてきて実をつける。「(野菜は)自分たちが生き延びるためにいろんな方法を考えとる。何万年もかけてな。」それが名前になっている。畑を手入れし、収獲しながら「わしも(野菜を)見習って、自分がどうやって生きていくか考えとる」。農作業にも哲学があるんだな。85歳、まだ惰性で進むには早い、エンジンかかっている。

山芋も作るそうだ。山芋の畑を初めて見た。本来は他の木にツタを這わせて葉を伸ばす植物だが、代わりに高さ3メートルはある竹垣にツタをからませる。種は居酒屋の珍味「むかご」を使う。イモは地下数メートルにもなるので「ユンボ」つまりショベルカーで掘り出さないといけない。

ユンボ、人に遣ったから今年の自然薯はムリだな」そういえば最近「自家用ショベルカー」を見ていない。以前それを使って、僕(たち)のために駐車場を作ってくれた。

そのユンボは近くのリース会社が故障したのを放置していて、それを見つけた大家さんが安く買って自分で修理してしまった。息子の家を作るときには、これで50本の杉を根から掘り起こして土地をならし、施工者の工務店に驚かれたそうだ。今は猿投の桃農家が買い取って、まだ現役で活躍している。桃は7年とかで植え替える必要があり、柔らかい桃のイメージとちがって、重機は桃農家に欠かせない。

「山芋掘るだけにユンボ持っとってもな。もったいない」山芋掘るためにユンボ買ったのか・・。納屋を作ったり下宿の便所を作ったり、自前主義は徹底してる。僕が住むこの敷地も大家さんが育てる「畑」のようなもの。そこに暮らしながら、野菜を観察するように大家さんの生き方を肌で感じられる。

山芋は順調にいけば10月に収獲できるそうだ。スコップ持っていって、掘らせてくれないかな。

梅干

「85にもなってユンボ乗りまわすなんて」家族や周りがそう言ったんだそうだ。「自分のことは自分が一番わかっとる」「朝は味噌汁に山芋をすって入れたら力が出る。豆や菜っ葉も作って食う。元気で働くために作って食うとるんだ」

真夏でも、一番暑い昼間を除いて畑に出て汗を流している。またはアパートを修理している。体を守るために梅干をたくさん食べる。「ニト漬けて、みんなワシが食っとる」ニト?2斗?「ほーだ、二十四升だ」50リットルだ。塩分と酢が効いて、夏バテ知らずだそうだ。それで水もたくさん飲めば、「若い人が飲んどるスポーツドリンクと一緒だ。しかも金はかからんしな」元トヨタ社員は合理的。

梅干の種を割ると、胚というのか「ホトケ」という柔らかい部分がある。これが呆け防止に良いんだそうで、かならず歯で割って食べている。さぞ歯も丈夫なんだろう。

「半分はバアさんにやる。・・バアさんが呆けたら、わしが心配するからの」

大家さんから半径20メートル内に常に奥さんがいる。影のように、体の一部のように。独特の言い回しから、一心同体といった二人の関係が伝わってきた。

部屋にもどって蚊に刺されたところを数えたら、わずか20分ほどで30箇所あった。ここの暮らしで蚊への免疫もついた。