日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

夜の散歩

いつもは、自分なりに最小限の準備と身辺整理をして旅に出るのだけど、この熊本行きはグダグダだった。

旅行用のスーツカバーのすき間に靴やネクタイを詰める。数珠はしまったところを忘れた。結局なにもしないのだけど、空いた時間に何か実になることがしたい。リュックに、ノートパソコンと書きかけの年賀状と駐車違反の振込用紙と本をつめこむ。目に付く本のどれも読みたくなかったので、最近ブックオフで買ったのをとりあえず。だめな感じなら、捨てれば軽くなる。

旅行用のカバーは、ハンガーが入れ替わっていて、「?」型のふつうの取っ手のまま、週末の名駅の人ごみを抜けてきた。恥ずかしい姿だけど、どうでもいい。疲れていたのか、バスに乗って22時を過ぎても目がさえている。仕方なく本を読みはじめる。

ぼくが葬儀屋さんになった理由(わけ)

ぼくが葬儀屋さんになった理由(わけ)

タイトルで買った。著者が葬儀屋の社長だと分かって、PRだったら捨てるつもりだった。なかなか面白くて24時に消灯するまで、かぼそい読書灯の明かりを集めて読んだ。

「やりたいことを見つける」ために大学へいく人は多い。この社長も同じ。山口の大学へ入学したものの、引っ越して講義が始まる前に、たまたま入った葬祭業のアルバイトで「見つけて」しまう。40代でも若いと言われる業界に18歳で就職し、さまざまな出会いがあり、挫折し、壁を乗り越え、といった成功談を読まされたくはないけど、成長企業の社長なんだから書かないわけにいかない。

望んで業界に入る人は少ない。大手の冠婚葬祭会社に入ったあと振り分けられる。辞められないように給料1.5倍にしているところもある。身内が死んだ後の手続きを見て、葬儀屋(と墓石屋)の印象は最悪なんだけど、自分の業界とよく似ている。
「究極のサービス業」というコピーも同じ。究極かもしれないが、やればやるほどサービスは悪くなるし、人は離れていく。なんでだろうと思っていたけど、ヒントはこの本の中にありそうだ。本に出ていた生活保護世帯を断り遺体の頭をまたぐ業者も、家の前の病院から車で500m運ぶのに98,000円かかると言われて呆れた気分も、自分たちであり、利用者が感じつつ口に出さないものかも知れない。給料を上げるだけではダメな気がする(ひどい扱いのところは別だけど)。

著者の目標として、昔の職場の先輩がよく出てくる。こういう人が送ってくれたら良かったのに。どんな悲惨な遺体でも「自分の最愛の人」だと思えば何ともない。あえて素手で触れる。まず遺族の話を聞き、家族の目を通して遺体を見、扱う。それができれば死体を恐れることもなく、ぞんざいに扱うこともない。

頭でっかちだったり自分の考えを広めるのに必死な福祉の人より、この先輩のほうが支援者として尊敬できる。ありがたいことを唱える坊さんは別にいるわけだし。そうか、僕は葬儀屋さんを目指せばいいのか。


まえにも書いたように個人的で一般化できるものではないけど、兄を通して死についていろいろ考えた。葬式も墓石も、人間関係が村とかに固まっていた時代のもので今は合っていない。知人を集めて、悲しみを癒したり、故人を偲んだり語り継ぐ場としては弱い。弱まっているのに形を押しつけるから葬儀屋と墓石屋が嫌われる。

兄が亡くなる10日前に、夜の散歩に行った。思い立って、夜中0時ごろに近所の共同墓地を歩いた。今風の「霊園」ではない。村はずれの山が丸々墓地で、区画もなく空き地や木の陰に葬っている。野積みの石や手作りの「墓石」もある。明るい時間でも近寄りたくない。当時の気候を調べると気温4℃で北北西の強風6mが吹いている。雲はなく月齢は16.1日のほぼ満月。自分の影が黒くくっきり映っていた。森はまっ黒で何も見えない。木々が風でうなっていた。


こんなホラーな設定はないよな。墓場を抜ける山道を1キロ歩く。どんな精神状態だったか?よく覚えている。安らかな。「兄をよろしく頼みます」と念じながら歩いていた。とにかく家では、悲しいよりも落ち着かなかった。何が起きようとしているか分からない。送る、というけれど送り先が分からない。生きている自分のところまであやふやになる気がした。

・・分かりにくい表現だけど、たしかに日々せっせと生命をつないでいて、生きていることも忘れかけてる生物にとっては、それがけっこう危うい存在だと気づかされて慌てるのかも知れない。山の墓場で安らいだのは、先人たちがどっしりと揺るぎなく死んでいてくれることを確認したからか。もう一つは、死にゆく人は想像もできない別の状態になってしまうのだから、こちらも平常心で受け止める必要はない、と肩の荷を下ろしてもらったように思う。残されて混乱したもの同士で話しても埒があかないので、行き先の死人たちと話せばいい。