日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

「牛乳生産工場」後編

マーガリン作ったやつはえらい

体験コースの料金は、使う生乳の量で決まる。一人最低20リットルは必要だと言われて、多すぎるけど向こうも商売だし、それで2000円なら安いと納得していた。知らなかったのはバターの作りかた。バターは生クリームから作られる。生クリームから水分を搾り出したものがそれ。

たぶんパッケージに書いてある「乳脂固形分3.5%」というのがバターになるんだろう。生乳が20リットルあっても、わずか700ミリリットル、500グラムしか出来ない。店頭にある400グラムのバターを作るのに灯油タンクひとつ分の牛乳が必要なはず。3千円くらいしてもおかしくないのに、420円は高い、とか言ってマーガリンを選んだりする。

もちろん加工製品のために鮮度の落ちた安い牛乳を使っている。バターの場合は外国で一度クリームに加工したものを輸入することもある。外国産に多い生の牧草を食べた牛乳は黄色っぽい色になる。

生産農家と母牛一頭が一日かけて搾り出した牛乳が、バター1キロで千円にもならない。昔は超高級食品だったんじゃないか。マーガリン作った人はえらい、と牛も感謝してる。

プロフェッショナルの言葉

2つのポリタンクに合計40リットルの生乳が入っている。バター用はコンロで37度まで加熱してドイツ製の遠心分離機でクリームを取り出す。(分離過程から体験できるのは珍しい)残ったのが、いわゆる「低脂肪乳」だ。店頭に並ぶ高圧殺菌された低脂肪乳は「粒子が壊れて水っぽい」んだそうだ。飲むと、あっさりしてるけど薄いわけじゃない。高たんぱく低脂肪で、スポーツドリンクに向くかも、というアイデアを試すため作業の合間にずいぶん飲んだ。

新鮮すぎて味覚のニブい僕にはありがたみの分からない「さわやかな」風味の生クリームを、ペットボトルに入れて振り続けると脂肪が分離する。連れのほうが先に出来たが、ボトルのなかで柔らかいバターをうまくまとめないと出てこない。もたもたしている連れを横目に、じれったい気分になってくる。出口に一つにまとめて一気に押し出すんだよ!中途半端だと奥にくっついたのが出せなくなる。一回で出し切るんだ!

だまって見ていた指導役のお母さんが、ついに口を開いた。

「ウ○コみたいに。ウ○コみたいにやるのよ!」

そう!その通り。それが言いたかった。深い。プロからしか聞けない言葉だ。「プロフェッショナル 仕事の流儀」の字幕が頭をよぎりました。(暗転、効果音)ピョーン・・


ウ○コみたいにやるのよ

ただ、ウ○コの流儀にも個人差がある。やつなりにうまくやったが、ガス混じりの消化不良便だった。音がやたらとリアルだった。「出来立てをこのパンにのせて食べなさい」と言われても、すぐに切り替えられないよ。白いウ○コなんて無い、白いウ○コは無いぞ。無いんだ!

誤算

搾りたて牛乳を飲むという、当初の目的も無事果たすことができた。僕は初めてだったので、まあこんなもんかという感想だったけど、連れにとっては予想外の結果だったらしい。けっきょく夏の母牛に無理させちゃいけないということ。季節で成分も味もずいぶん変わるようだ。

40リットルの牛乳で満たされた大鍋2つがコンロにかけられているのを見下ろして「何しにここまで来たんだ」っていう表情を浮かべていた。夢はかなわないから夢なんだよ、だんだん慣れるから。

ちなみに出産後1ヶ月以内の牛乳は出荷しない。仔牛の成長をうながすために成分構成が変わるんだそうだ。飲んだら頭良くなると言ってたような。母牛の愛情というか、このへんが牛乳がふつうの食品と違うところ。それでもミネラルウォーターより安い。

チーズが固まるのを待つ時間などは牛舎を見学した。作業に戻るたびにポリタンクから低脂肪乳をガブ飲みしていたら、帰りの車で何年ぶりっていう強烈な下痢に襲われた。コンビニの洗面所で化粧を直している先客に呪いをかけ続けた。基本的に清潔だけど、ぽかぽか陽気に5、6時間放置されていた牛乳は危険だよね。

国際人を育てる作手村(つくでむら)

チーズの作業を終え、重石をのせて水が切れるのを待つだけ。お母さんと話す。ウ○コの豪快さだけじゃない、魅力あふれる人だった。

娘は海外協力隊でアフリカ・モロッコへ、息子は酪農の技術を学びにドイツ留学して帰ったばかり。お母さんもモロッコに遊びに行って現地の人と仲良くなったらしい。英会話スクールじゃないけど、農業に携わっていたら世界中に何十億と仲間がいてコミュニケーションができるわけだ。「モロッコは良いわよ、行ってみたら」

こんな、本当に何もない山奥の村で、なんで遠く外に目が向いているんだろう。何もないからか。聞いてみると面白い話があった。

平成元年ごろに「ふるさと創生資金」ということで全国の3300自治体に一億円が配られた。作手村では一億円を基金にして、その利子を使って村の中学生の修学旅行で毎年韓国へ行けるようにした。当時は金利も高かった。それで村の若い人たちは日本を出てみることに抵抗が少ない。

純金カツオに純金コケシ、無駄に温泉が掘られたなかで、ずっと先の未来に投資しようとしたアイデアマンがこの村にいたんだな。

じつは現代社会の最先端をいく農業

外に出ていく国際化もあれば、中に受け入れる国際化もある。ここでも外国人の従業員が働いている。詳しく聞かなかったけど、例の「実習生」というものだと思う。だが、手は足りないのに、実習生でさえこれ以上雇う余裕がないそうだ。それくらい酪農業界は厳しい。

手は打っている。最近、お母さんは手作りのジェラート屋を始めた。空いた牛舎を学生向けの合宿所にしたり、隣には義兄の経営する観光牧場がある。そして、一番の切り札である息子さんをドイツへ送り込んだ。

息子はドイツへ留学して「ロボット搾乳」の研修を受けてきた。これが笑ってしまうほど革命的なシステムなのだった。これまでの機械を使った搾乳では、牛に器具をつけるときは必ず人手が要る。ユサユサ揺れる腹に付いてプラプラしてる乳首に器具をつけるのは人以外にないだろうと思う。でも、最新の搾乳ロボットはセンサーで乳首を見つけて自動的に搾乳を始める。

全く人が要らないから、「24h セルフ搾乳スタンド」態勢が実現する。導入されている海外の牧場では、牛たちが気の向いたときに搾乳ボックスに出向いて一搾りやっていくらしい。これを人間の行動に例えたら、何になるだろう。ATM、セルフスタンド、ドライブスルー、喫茶店、バー・・。いや、正直をいえば「一発抜きに行く」じゃないかと。

日が暮れたころ水抜きの終わったチーズを取りに行くと、ちょうど夜の搾乳作業が始まっていた。搾乳所の前の狭い待機スペースが満員電車なみに混みあっている。7つほどある搾乳ボックスの間を一人の従業員が忙しそうに動きまわる。

もともと非人間的(野性的?)な家畜の生活が、ロボット化が進み牛舎から人が消え、乳量を記録分析するコンピューターに管理されるようになる。SF作家たちが想像できる最悪の世界を先取りしているはずなのに、牛にすればずいぶん「民主的」な暮らしになった。

人を使うから効率優先で細かいスケジュールにはめ込むことになる。ロボット化後の彼女らは、行列に並んでする肉体労働ではなく、空いている時間に気の合う友牛を誘って「食後の一服」「寝る前の一抜き?」をしにいく。

そんな単純な話じゃないだろうけど、もっと単純な「人間VS機械」という概念だけじゃ通用しない複雑な世の中だって知った。生きている動物とコンピューターが全く人を介さずにつながっているシステムってあまり聞いたことがない。時代を先取りしてる感じがする。仕事内容が合うからか、障害者施設から就職先として相談されることも多いそうだ。

グローバル化、ロボット、マイノリティ。現代の縮図であり一番エッジの部分がここだと思った。未来を見てみたければ、お近くの牧場へ。大東牧場ならお母さん特製のジェラートが絶品でおすすめです。