うなぎ文:英語が「苦手」というより「メンドウ」な(言い)訳
「AはBだ」の「は」は、be動詞と同じでめずらしくもなんともないが、文法的には「コピュラ - Wikipedia」と呼ばれ「一致」を表す。言語によって動詞に分類されたり助動詞になったり、そもそも当てはまる語がなかったりするアウトローらしい。「うなぎ文」がおもしろい。
(コピュラついて補足)
語感がいいので、あるサービスのユーザー名に「コピュラ copula」を使おうと思った。念のためグーグルで、どう使われているかを調べたら大変なことになっていた。連結ってそういうことか・・
レストランなどで注文するものを決めるとき(略)「ぼくはうなぎだ」と言うことがある。(略)
うなぎ文にも種類がある。
- ぼくはうなぎだ。
- このバスは新宿だ。
- 私はモーツアルトだ。
- 姉は男の子だ。
- 私は501号室だ。
- ジョンさんはBクラスだ。
- ジョンさんは 〜という意見だ。
- ジョンさんは病気だ。
- 今日は休みだ。
うなぎ文らしさに程度があるものと思われる。これをウナギ度(略)と言うことにしよう。
http://homepage3.nifty.com/taketoki/sub04.html#unagi
RDFの例文だと、「サイトAの作者」が主語で「id:and_then」が目的語、でいいんですか?間の「は」がコピュラで、日本語だと助動詞になる。RDFのドキュメントを訳したものを、何度も読みかけて居心地がわるくなって止めたのは、単純にモチベーションの問題と、もうひとつは、データ表現など自然言語の表現とだぶる説明が必要なところで、文法の微妙なちがいが内容のニュアンスに影響していたのかもしれない。
また、長年かけて鍛えた「うなぎ脳」を持つ日本人は、「AはBだ」ということばを見ると「その場の流れとノリでOKモード」になるので、形式的なドキュメントに合わないのかも。脳内BGMが演歌に切り替わり、日本海の荒波に「論理的な説明」がさらわれてゆく。
オヤングレン神父が日本語の文法書の編纂を試みた折、その文字の表記法の複雑さに困り果て、この複雑さは福音の拡まるのを妨げるべく悪魔のなした業に相違ないと嘆いた
http://www.kclc.or.jp/humboldt/ikegamij.htm
この先生は、英語にもうなぎ文はあるし、うなぎ文=非論理的じゃないと弁護されている。個人的には、非論理的でも全然良い、シンプルで短く(慣れれば)ちゃんと伝わるし。母語が、うなぎ屋でも市バスでも、日々「高度な類似関係」つまりメタファーを駆使して会話する「詩的な」言語で誇らしい。(英語の記事を読もうと決めて1週間、もう挫折の予感)
べつにウンチクを垂れているわけではなくて(知らなかったし)、RSSからここまで来ちゃいました。