日記など 2002年から

福祉の話題が多いです。東京都の西部・多摩地区が行動範囲です。

「牛乳生産工場」前編

新城市作手村・大東牧場

しぼりたての牛乳は、製品のものとは比べものにならないほどうまい。何十年経っても、通りがかりの若者をつかまえ何度も思い出話を語るほどうまいそうだ。

知り合いのおっさんから牛乳伝説を聞かされた友人は、成長して、ある日僕にメールを送ってきた。「件名:乳しぼり」
近所には「観光牧場」として酪農牧場というよりは動物園的な愛知牧場があるけど、今回は牛乳の生産をメインに経営している牧場を選んだ。

http://f39.aaa.livedoor.jp/~milkmake/

大東牧場はフリーストールの牧場です。
フリーストールというのは牛がつながれていなく自由に歩けるのびのびした環境のことです。家族で経営していて静かでのんびりしたアットホームな牧場です!"

「乳牛は経済動物ですから」

チーズとバター作りを体験できるコースを申し込んだ。
肝心の「搾乳体験」は20名以上の団体に限定されている。間違ってるかもしれないが、断片的に覚えている説明をまとめると「少人数で少し搾って、あとは機械で」というのは牛には負担で量も減るからだ。「人力で搾るなら最後まで人力で」ということかな。

20人がかりで搾られたら血が出そうなイメージだけど心配は要らない。この牧場の一頭あたりの一日平均生産量は32リットルだ。予想と一ケタちがった。「昔は手で搾っていたけど、(頭数が増えたら)機械使わないと手が攣るよ」

水を32リットル飲むだけでも辛いのに、栄養満点の牛乳を毎日それだけ搾られる母の思いはいかに。さぞ搾乳マシンの吸い込みがすごいんだろう。ムチで搾乳部屋に追い込むんだろうか。

実際は自分から搾ってもらいに行く感じだそうだ。むしろ搾ってやらないと病気になる(膀胱炎っぽい名前の病名を教えてくれた。乳房炎?)。

僕の体重の半分を毎日搾られてる。平均ということは、小さい風呂半分くらい搾られるエース級の牛もいるわけだ。ヒト女性で比べてみる。牛の体重は700キロとからしいから、だいたい2、3リットル。毎日2、3リットル搾らないと病気になる母親、は想像しにくいな。

一生でどれだけ搾れるのか。プールで泳げそうだ。32リットルにガツンとやられて、下らない質問ばかりしていた。返ってきたのは牛乳生産農家としての現実的なことばだった。「(忘れた)番目の仔を産むまで10年搾れる牛もいるけど、最初の子供で出なくなるものもいる。搾乳量が基準を下回ったら淘汰される」

淘汰、と言っていた。以前、トサツ所などでの肉牛の処理過程を調べて「肉食のための家畜は残酷だ」と2日くらい肉食を止めた事があったけど、乳牛の一生もなかなか厳しいものだ。「けっきょく、乳牛は経済動物だからね」

"乳牛は普通1歳半から2歳で人工授精し (妊娠可能つまり大人になったということですね)、 受胎すれば約285日(人とほぼ同じ妊娠期間)でお産します。  その後は毎年のようにお産をさせ搾り続けます。  妊娠しなければ、お産後1年半位でほとんど牛乳はでなくなり 肉用として売られてしまいます。(5−10万)  ようするにずっと牛乳をだし続けるわけではなく 子供を産むから牛乳をだすわけで定期的に子供を産むように してるため牛乳をだし続けるわけです。"
榎本牧場

安易に想像する「牧歌的な」イメージは、牛乳が「水より安い」現在の状況では通用しない。というより元々農業ってのはシビアな世界なんじゃないかな。牧歌的と言っても、「牧歌」を歌ってる人と、離れてそれを聞く消費者が抱くイメージはだいぶ違う気がする。と牧歌リスナーとして思う。

徹夜で難産の母牛を見守る、なんて牧歌的(?)な光景もしっかりコントロールされている。たぶん専用の管理ソフトかExcelを使ってる、と思う。出産時期と乳量は強く結びついているから、75頭で毎日約2トンの生産量を保つためには、計画的な種付けが必要になる。種牛と思われる数頭の牛が、牛舎の外にある「自力」メリーゴーランドという感じの器具につながれてグルグル回っていた。

愛知県の気候は牛にとって暑すぎるようだ。品種によるのかも知れないけど、寒いほうが良いらしい。夏に出産して毎日搾って、というのは母牛にすれば過酷なものだけど、牛乳の消費のピークも夏だから、それに合わせて種付けをする。「人間の都合で申し訳ないけどねぇ」と言う経営者家族のお母さん。牛舎の天井には何十もの強力な扇風機がついている。扇風機の音で会話ができないくらい。

「牛乳生産工場」

いわゆる牧草地というのは無くて、大きな牛舎が2つ並んでいる。意外に敷地が狭かった。子供や病気などで牛乳を搾れない牛たちは別の牛舎に。残りは搾乳場に近い牛舎に入れるが、妊娠中の牛は餌が違うので仕切りで分けられる。普通はトウモロコシなどが入った混合飼料だけど、妊娠中は乾燥した草だけ与える。栄養価の高いエサで胎児が太りすぎ、難産になるそうだ。

牛舎のなかは広くて、牧場の説明どおり牛たちは自由に歩きまわれる。そのはずなんだけど、あまり「のびのびした」感じがしないのは、ほとんどの牛が、せまい柵のスキマから首を突き出してひたすらエサを食っているからだろう。手前のが無くなって首を伸ばそうとするたびに鉄の柵が音をたてる。

素人が驚くほど、たくさん牛乳を出す秘密はこのエサなんだろうな。さぞうまいんだろう。久しぶりに間近で見た牛は巨大だった。重そうに腹を揺らして歩くのに、背中は骨が出ていて、むしろ痩せているようにも見えた。太りすぎて背中の筋肉では支えられないんだろう。太ってて「なで肩」タイプの人と同じかな(違うか)。

あまり「健康な」生活をしていては出るものも出ないのかもしれない。肉牛はもちろん、野菜も米だって生きるためには不必要で、むしろ不適切な体に作り変えられる。太りすぎだし、柔らかく、雨風に脆弱な体に。

昼間ひたすらエサを食べ続けて、朝と夕の搾乳時間には、機械の前に順番を待って整然と並ぶそうだ。十分な睡眠も良い牛乳に必要だと考えると、牧場が3交代で休みなく動き続ける工場のラインに思えてくる。

別に批判ではなくて、もともと牛乳のパッケージに描かれた「ほのぼの」としたイメージは嘘だろうなと思っていたけど、現場を見せてもらって納得できた。牛乳って安すぎるもんね。僕のような無知な消費者の気まぐれに振りまわされつつ頑張っておられる生産者の方々(牛も)に感謝します。